第38回 認知症
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 アルツハイマー病(AD)の病因分子を標的とする疾患修飾療法(disease-modifying therapy; DMT)が本格的に開発されはじめているが、現時点では有効性の実証されたものは皆無である。AD脳の病理学的変化は、神経細胞の脱落、老人斑などの形態をとるβアミロイド蓄積、タウタンパク質よりなる神経原線維変化の出現を3主徴とする。ADに特異性が高いβアミロイドについては、凝集性の高いAβ42分子種の蓄積がAD脳に最初期に生じる病変であること、家族性ADの病因遺伝子APP及びプレセニリンの変異によりAβ42の産生が亢進することなどから、βアミロイドをADの病因分子と考えるアミロイド仮説が支持され、DMTの治療標的として有望視されてきた。セクレターゼ阻害薬によるAβの産生抑制、抗体によるAβ除去の促進などの大規模な治験も行われているが、認知症発症後のAD期ではいまだ成功は得られていない。アミロイドの蓄積は、認知機能障害の発症に15年以上先行して生じることから、ADの病因過程に作用するDMTは、認知症症状顕在化以前の軽度認知障害(MCI)期、それに先行するプレクリニカルAD期(病理変化陽性だが無症候の時期)に開始するのが理想的と考えられる。このために画像・バイオマーカーを含めたADの客観的な評価法の確立が重要となる。脳内のβアミロイドをPETスキャンで検出するアミロイドイメージングや、脳脊髄液のAβ(1-42)などの体液バイオマーカーを指標に取り入れ、AD進行過程のモニター・発症予測法の確立を目指そうとする臨床観察研究AD Neuroimaging Initiative (ADNI)が米国で行われ、本邦でもJ-ADNI研究が成功裡に終了した。さらにA4研究など、プレクリニカルADに対する抗Aβ薬を用いた大規模な予防治験が開始されつつある。 本講演では、ADの分子病態解明に基づくDMT実用化の現状と問題点について論じたい。主な研究領域神経病理学(アルツハイマー病・パーキンソン病の分子病態)、アルツハイマー病治療薬開発に関する研究主な著書「Visualization of Aβ42(43) and Aβ40 in senile plaques with end-specific Aβ-monoclonals: Evidence that an initially deposited species is Aβ42(43).」(Neuron 13:45-53, 1994)「先制医療の実現に向けて アルツハイマー病」日本の未来を拓く医療–治療医学から先制医療へ pp118-127, 2012 井村裕夫(編)(診断と治療社)1984年 東京大学医学部卒業1986年 東京大学神経内科入局 国立水戸病院、日本赤十字社医療センター、東京都老人医療センターを経て、1989年 東京大学医学部脳研病理助手1992年 東京大学薬学部機能病態学教室客員助教授1998年 東京大学大学院薬学系研究科・臨床薬学教室教授2007年 東京大学大学院医学系研究科・神経病理学分野教授J-ADNI主任研究者 現在に至るイワツボタケシ東京大学大学院医学系研究科 神経病理学分野 教授 威岩坪 5アルツハイマー病の治療薬開発をめざして

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